次の例はIT企業に勤める男性Dさんのケースです。Dさんは、40歳と同時に転職を決意し、現在の会社に就きましたした。環境の変化をきっかけにめきめきと頭角を現し、また社内での人望も厚く、これまで順調に昇進を重ねてきました。やる気に満ちており仕事への情熱も最高潮でした。
手がけた仕事の社外評価は高く、仕事へのやりがいも感じており、会社での待遇に対する不満もいまのところはなく、すべてが順調だと感じていたようです。
しかし、ここに思わぬ落とし穴がありました。真面目な性格のDさんは、その丁寧な仕事ぶりが評価されてきたわけですが、昇進するにつれて重くなつていく責任と、求められる結果が次第に大きくなっていくことに、いつしかプレッシャーを感じていたのかもしれないといいます。というのも、仕事そのものは順調だったため、ストレスを感じているという自覚がなかったのです。
しかし、そんなプレッシャーに最初に反応したのは、Dさんの腸でした。いつしか、便秘と下痢を繰り返すようになりました。ときどき症状は収まるものの、すぐまたぶり返すなど、一向に改善する兆しがないため、心配になつたDさんは検査をしました。
診断結果は、過敏性腸症候群。仕事のストレスが原因ではないかと指摘すると、初めて自分が感じていたプレッシャーに気づきました。
現在、Dさんのように、過敏性腸症候群を訴える人が増えています。その主原因は、ストレスフルな社会環境にあるといえるでしょう。
経済の急速なグローバル化に伴い、企業間の競争はサバイバル戦の様相を呈しており、労働環境は厳しさを増すばかりです。また、日常生活においても家事や育児、介護などに忙しく、息つく暇もないといった嘆きも聞かれます。実は、腸はこうした心理的なストレスをを感じやすい器官なのです。
たとえば重要な商談や面接に臨む際に、緊張のあまりお腹が痛くなったことがあるはずです。あるいは、旅行や転勤などのように急激な環境の変化によって、便秘になってしまったという人もいるでしょう。
それは心理的なストレスが、腸にとても大きな影響を及ぼしていることの証でもあります。では、なぜ腸は心理的ストレスに弱いのでしょうか。
腸は、脳に次いでたくさんの神経細胞があることから、「第2 の脳(セカンド・ブレイン)」といわれています。そのメカニズムはよくできたものです。腸管を食べた物が通過すると、腸管の筋肉にある神経がこれを感知します。
するとホルモンの一種であるセロトニンという神経伝達物質を介して腸管を動かすよう命令が伝わります。このような連動がぜん動運動へとつながり、腸の活動がスムーズに行われるのです。
つまり、腸には独立した「脳」があるといっても過言ではないのです。腸はこのような独立した神経系を持つ一方で、脳とも密接に結びついています。ぜん動運動によって便が直腸に達したところで私たちは便意を感じるのですが、これは便を受けた直腸が、脳に「便が届いたよ」という信号を出すからです。
このような腸と脳の密接な関係については、近年とくに注目が集まっているのです。腸の異常は脳に、脳の異常は腸に大きな影響を及ぼすこともわかってきています。
そして多くに共通するのは、「イライラ」や「ウツウツ」とした心理的ストレスを抱えている点です。これは腸の異常が脳に伝わるためではないかと考えられます。また、脳がストレスを感じると、これが腸の神経にも伝わり、お腹の調子が悪くなってしまうのです。